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名古屋高等裁判所 昭和61年(ラ)98号 決定

抗告人

株式会社住宅総合センター

右代表者代表取締役

原秀三

右代理人弁護士

楠田堯爾

加藤知明

田中穣

主文

原決定を取り消す。

本件売却を許さない。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙執行抗告状、抗告理由書及び抗告理由補充書にそれぞれ記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  抗告人の主張は、要するに本件競売事件の物件明細書には別紙抗告理由書の物件目録(2)記載の建物(以下「本件建物」という。)の二階部分に所有者柴山美代子を貸主、枝野誠二を借主とする期間二〇年の賃貸借(以下「本件賃貸借」という。)が存在する旨記載されているが、右賃貸借はそもそも存在しないか或いは通謀虚偽表示によつて無効のものであるから、これは民事執行法七一条六号所定の物件明細書の作成に重大な誤りがある場合に当たり、売却不許可決定をしなければならないのにかかわらず、売却を許可した原決定は違法であるというものである。

2  よつて検討するに、一件記録によれば次の事実が認められる。すなわち、原裁判所は、本件競売事件において、当初、昭和五七年三月一五日付現況調査報告書、同月三〇日付鑑定評価書に基づき本件建物及び別紙抗告理由書添付の物件目録(1)記載の土地(以下あわせて「本件不動産」という。)に対する一括売却による最低売却価額を一七六〇万円と定めたが、その後債務者兼所有者である柴山美代子審尋の結果、昭和五七年九月二一日提出にかかる昭和五五年三月一日付建物賃貸借契約書及び昭和五七年一〇月一八日付鑑定評価補充書等に基づき申立人の抵当権に先立ち本件建物二階部分につき前記本件賃貸借が存在していたものと認定し、その旨を記載した昭和五七年一〇月二五日付物件明細書を作成し、上記最低売却価額を取り消してこれを一四四六万円とし、更に最終的にはこれを一一〇〇万円に変更した。

3  しかしながら、前記現況調査報告書によれば、昭和五七年三月九日(同報告書に五六年とあるのは五七年の誤記と認める。)の調査時点において、作成者熊沢執行官は、本件建物には前記柴山美代子及びその家族合計七名が居住しこれを占有しているものであり、その他の占有を認めうる資料は存在しないと認定し、また右調査時において、柴山美代子の母柴山志げは右執行官に対して、前記枝野誠二を柴山美代子の内縁の夫であり、二人の子とともに前記七名の家族の一員として本件建物に居住している旨陳述しており、右両名は当時から親密な関係にあつたものと認められる。そして、本件記録によれば、本件賃貸借はその契約の内容も期間が二五年間と異常に長く、賃料月額は一万六〇〇〇円であるが、敷金は二〇〇万円と著しく高額であり、しかも約六年間以上にわたつて賃料増額をしていないというのであり、またその契約書作成日時が昭和五五年三月一日とされているにかかわらず、前記の執行官による現況調査の際には提出されず、その直後である昭和五七年三月一一日柴山美代子より執行官室に提出された本件不動産に関する賃貸借契約書は、豊田秀信を賃借人とする昭和五六年一二月二〇日付賃貸借契約書であり、本件賃貸借に関する契約書が提出されたのは、それより六か月以上も経つた後であつたことが認められる。しかるに、本件審尋調書、別件たる名古屋地方裁判所昭和六〇年(ワ)第三四一〇号事件の本人尋問調書等における柴山美代子、枝野誠二らのこれらの点についての弁解も必ずしも首肯するに足りるものではなく、その他田口治久作成の陳述書(疏甲第一一号証)ほか一件記録に徴すれば、前記本件賃貸借契約が柴山美代子と枝野誠二との間において締結された事実はないものと認めるのが相当である。

4 このように、存在しない賃借権を存在し買受人に対抗しうるかのように物件明細書に記載することは民事執行法六二条の規定に照らし違法であり、右違法は売却の効果に影響を及ぼすことが明らかであるから、同法七一条六号の売却不許可事由に該当するものというべきである。

5 また、本件の如く存在しない建物賃借権を存在するものとして評価し最低売却価額を決定することは、同号所定の「最低売却価額の決定に重大な誤りがある」場合に当たり、売却不許可事由に該当するものというべきである。

三以上のとおり、原裁判所の本件不動産に関する物件明細書の作成及び最低売却価額の決定には、民事執行法一八八条、七一条六号所定の売却不許可事由があるから、抗告人の本件抗告は理由がある。

よつて、原決定を取り消し、本件売却を許さないこととし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官宇野榮一郎 裁判官日髙乙彦 裁判官三宅俊一郎)

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